本日 第3回定例区議会 第2次補正予算に反対します

2012.09.28

本日午後1時から本会議が行われます。条例14、陳情・請願14の採決が行われます。

私は一般会計補正予算第2次に反対します。勿論、小中学校、保育園の給食の放射能測定など賛成できる内容が多々ありますが、残念ながらこの補正には蒲蒲線整備のための基金5億円が計上されていたのです。

蒲蒲線が大田区民にとって本当にプラスになるでしょうか。蒲蒲線では区内の関係する多くの駅が通過駅になります。区の負担とされている試算額180億円です。区民がこれまでよりも不便になるような開発をあえてする必要はないと考えます。

また、このたびの補正にはオリンピック招致に向けた1000万も計上されていますが、今日本は国民の生活をどう支えるか、まずそのことが第一です。福島や被災地の復興が進んでおらず、放射能に汚染されてしまったなかで、オリンピックを東京に招致することに私は反対です。

前回の招致費用は149億円といわれております。これだけの予算があれば、保育園の待機児解消に向けた対策など様々可能だったでしょう!大切な税金を使うべき課題が山ほどなのです。

 

| 議会・活動報告 |

第3回定例区議会が始まりました

2012.09.19

9月とはいえまだまだ暑い毎日が続いておりますが、皆様お元気にお過ごしでしょうか。
さて、いよいよ第3回定例区議会が始まりました。この定例会は2011年度決算を審議する議会ですが、それに先立ち新たな条例、補正予算などが上程されました。

♦第2次補正予算  一般会計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18億9547万円余
特別会計  介護保険・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9億950万円余
◊主な事業名
•産学公連携推進事業  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4273万円
•商店街支援のためのプレミアム付商品券の発行  ・4940万円
•新空港線整備資金積立基金積立金 ・・・・・・・・・・・・5億円
•京急関連駅周辺のまちづくり事業 糀谷駅前地区第一種市街地再開発事業・・・・2億2400万円余
•2020年オリンピック・パラリンピック東京招致気運醸成事業の実施・・・・・・・・・・・・1000万円

♦主な議案
•大田区積立基金条例・・・・・・新空港線整備資金積立基金を設置する
•大田区賃貸工場条例・・・・・・連帯保証人となるべき者の規定を整備するなど
•大田区ひとり親家庭の医療費の助成に関する条例など3件
•大田保育の実施等に関する条例・・・・・・保育費用の額の計算について規定を整理する

 

このほか、2011年度決算の審査を2週間にわたって行います。2331億円余の一般会計決算を審議するには、時間が決して多いとはいえません。
お時間がございましたら是非傍聴においでください。

 
 

 

| 議会・活動報告 |

被災地視察 その4 福島県郡山市

2012.09.02

新幹線で東京から仙台方面へ向かう車中、東京方面へ向かう車中も、放射線測定器は随時反応する。福島に近づくと車中でさえ「0.2」マイクロシーベルトまで上がった。

郡山駅で下車しホテルへ向かうわずか3分ほどでウクライナ製のエコテストは0.4を示した。ウクライナ製の測定器は「0.3」を超えると「ここからは近づくな」とピーピーと音で知らせる仕組みになっている。山野が多いチェルノブイリで住民を汚染にさらさせないために考えられたという。

一緒に視察に行った福島出身の方が女子高時代の友人を誘ってくれ、お話を聞くことができた。数値が高い地区に住んでいるため孫たちに遊びに来なくていいと話しているという。会いたいときにはなるべく自分が出かけるという。庭にたくさんあった梅の木も栗の木も切ったという。葉っぱが落ちてくるたびごとに数値が高くなって困ったからだという。60を過ぎている私たちはいいが、孫たちが心配ですと語る。

郡山市では栗山副市長とお会いし、お話を直接伺うことができました。

栗山副市長は
「子どもの親が一番心配だと思う。福島医大の検査で3割が甲状腺に何らかの異常と発表された。世界で初めてのことに取り組み不安感を抱いている。そして避難した人が幸せか不幸か、非難しなかった人が幸せか不幸か今の段階ではわからない。物質的な痛みや、メンタルな痛みがあるから。市民からは市は何をやっているかといわれる。小学校の校庭の表土除去を初めて郡山市が実施したが、4月27日、文部大臣に怒られた。しかし、その後、除染の補助金が出た。農産物は全量検査と農地の除染を行っている。福島県産はすべて検査している。その上、郡山市は子どもたちに出す給食の食材を10ベクレル以下と決めて、二次検査まで実施している。給食の3~4日前の食材をまず検査し、給食を作った時点で再度検査している。市民の悩みは尽きないし、人口35万人だったが現在32万人。約9000人が浜通りから避難してきているが、住民登録をしていない。この忙しいときに東京へ呼びつける国会議員もいるが、政治家が郡山市に来ないで何故私たちを呼びつけるのか。」と悔しそうに語っていました。どんなに検査をして安全な食料であっても「風評被害」で購入されなければ、産業は衰退する一方です。

郡山市は「楽都」と呼ばれ、学校でも音楽に大変力を入れている地域です。しかし、のどかな街並みにホットスポットのように放射能濃度の高い地域がありました。
除染を実施した公園ですが、数値は0.83マイクロシーベルトと表示されていました。
市内あちこちにモニタリングの測定器があり、数値が表示されています。


酒蓋公園の樹木のところで数値が「1.2」マイクロシーベルト。

丁度ため池の除染作業を行っていました。

 


民家におかれていた放射能に汚染された除染後の土。


保育園の園庭の隅に穴を掘り仮に埋められた除染後の土。何重にも梱包されてはいるが、国はなぜこうした特定廃棄物の保管場所を定めないのか!

いち早く除染された薫小学校へも行ってきましたが、汚染した土は校庭に埋められていました。校長先生も懸命に除染しているという。

さて、市に批判が来ているそうですが、1年半も過ぎ去ろうというのに国が放射能汚染されたものを保管する場所を一切提示しないのはなぜなのでしょうか。不安を抱え生活をしている被災地に何故追い打ちをかけるような仕打ちなのでしょうか。

ただただ政争に明け暮れていた国会。ただの一人も郡山市を訪れた大臣はいないという。この国はあまりにもひどい。

福島民友新聞に掲載されている県内の放射線量を見れば、30ミリシーベルトを超えている地域もある。その上、国は常磐道を開通させるという。20ミリシーベルトの地域を通過させるなど絶対あってはならないこと。

友達がいて、笑い語り合った何気ない日常生活の大切さを噛みしめながら生きる被災地の子どもたち。家族とのだんらんがいとおしい毎日。ごく当たり前の生活を望んでいる。それがかなう社会にしたい。

 

砂場で遊べなくなった子どもたちに、民間の方から大きなプレゼント!スーパーの倉庫を改造して大きな大きな遊び場が誕生した。室内に設置された砂場で遊ぶ子どもたち。思いっきり遊び笑顔の子どもたちがいることは地域の宝だ。

 

 

 

 

 

 

 

| 議会・活動報告 |

被災地視察 その3 女川町

2012.09.01

仙台からレンタカーを借りて女川町へ。石巻から徐々に下っていくのだが、津波がどこまできたのかすぐにわかる。道の両側に住宅の土台だけがとり残されている。

かつては一面住宅があったという。

そして、高台にある病院に到着。この病院の1階部分にも津波が押し寄せたという。
眼下に女川の港が見える。

海の近くには横倒しになった施設がそのままに。

 

女川町の一時仮置場、中間処理施設などを案内していただいた。東京都、宮城県、女川町の職員の方々から説明していただいました。放射能の空間線量は東京と変わらず。

がれきをコンベアーにのせ、ふるいにかける

 

 
炎天下で手選別作業をする方々。約40名の方が働いているという。

木くずの空間線量を測定中

 

 
選別されたがれきをさらに種類別に格納       ストックヤードから抽出された試料

 
災害廃棄物が積み込まれたコンテナ

放射能の空間線量は随時測定されていたが、事務所の白板にはおよそ0.1など、記載があった。それらは、持参したウクライナ製「エコテスト」の数値と同じ。都内と変わらない数値だ。

放射能汚染を極力減らすためには、がれきに付着している土をどれだけ取り除けるかが重要である。
仙台市では木材は資源化されているようだったが、23区清掃1組の場合、1組の企画に合わせた形でごみを搬入してもらうため、木くずを混ぜた混合可燃物が作られたようだ。廃プラだけでは焼却の熱カロリーが高くなってしまうからだろう。

女川では地元企業5社のジョイントでがれき処理を行っているという。地盤沈下し、海岸地帯は使えない中で、一般廃棄物処理を担う自治体の責任は重い。特に石巻ブロックのがれき量は、当初想定より少なくなったとはいえ、県内で一番多い。被災した方々が毎日それらを眺めて生活を余儀なくされるのはつらい。

「100年かけてがれきを片付けるというが、そういう仕事をしたいと思いますか?若者は希望がなければ出て行ってしまいます。希望のないまちになってしまう。高齢者のまちになってしまう。だから早く片付けたかったのです」と語っていた職員。

現在、がれきの手選別にあたっている方々は、主に漁師さんたちだという。製氷工場が完成しなければ漁もなかなか再開できない。それを待ちわびて、がれきの仕事についているという。

がれきには自分たちが暮らしていた家、働いていた職場などが大量に混じっている。そして、その下で亡くなられてた身内の方々もおいでになる。
東京で暮らす私たちが地元に雇用をと言っても、いざ被災地でお話を聞くと、被災した地元の方々にとって、がれきの処理がどんなに辛い仕事か。特に、未来のある若者たちには、ずっと続けられる仕事が早く見つかって欲しい。それが生きる希望につながると痛感した。そこからようやく地域の再建が見えてくる。

高台には小さな商店街が再建されていた。昼食を食べに入ったお店には、高齢の女性が3人おいでになった。そのうちの一人は家が流されたため、かもいに15時間つかまって助かったという。目の前で多くの流されていくものを目にしたという。娘と二人だったから励ましあって助かったと思うと語る婦人。思い出すと今も苦しくなると目を潤ませていた。もう2度と津波の映像は見たくないと語っていた。避難所で暮らす日々に、友人との語らいが励ましだという。

案内してくれた職員の方も、奥様を亡くされたという。幼い子ども二人を抱えながら懸命に仕事をされていた姿が心に残った。

23区では、江戸川工場などをはじめとして8000ベクレルを超える放射性物質に汚染された焼却灰、飛灰が発生、或いは墨田工場の保管粉じんから61000ベクレルを超える放射性物質が検出されるなど、東京の汚染がいかにひどかったかことだろうか。今回、女川町の震災がれきを23区清掃一部事務組合で処理しているが、女川町の放射能汚染と東京と比較すれば、東京の汚染のひどさがわかる。

山が迫り平地が少ない地域、民有地を使って処理しているため再建が進まないこと、分別作業の敷地も缶詰製造の企業から期限付きで借りていることなど、課題が山積みだ。一刻も早く震災がれきを処理して、若者が安心して働き、住づづけられる町に戻ってほしい。

震災で避難所に避難したとき、一番最初に口にした食べ物は女川の蒲鉾だったという。被災を免れた高政の蒲鉾会社の社長がみんなに食べてと運んできたという。

だから一層、国の無策が目につく。政争に明け暮れている場合ではないのに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 議会・活動報告 |

被災地視察 その2 今泉清掃工場の役割・・・仙台市

2012.09.01

震災後、被災地の市長が公務員が果たす役割の大事さを語っていたが、今回、仙台市を訪れ、改めて認識した。
仙台市には3つの清掃工場があるが、今泉工場だけは直営工場でした。この今泉工場の震災時の様子をうかがい、直営工場の大切さを認識しました。

清掃工場で重要なことは稼働中の炉をいかに「立ち下げ」るか、つまり炉の安全な停止と言われています。震災時、今泉工場でも炉の緊急停止が迫られましたが、手動により1時間かけて炉内のごみを焼却しながら立ち下げをしたそうです。緊急停止してしまえば、炉内に大量のごみが残ってしまいます。ごみが残っていれば、ごみを掻き出すなど様々な作業を行ったうえでなければ炉を立ち上げることはできません。そのため、今泉清掃工場では、炉内のごみを燃やし切ろうと一時間かけて立ち下げをしたのです。

震災直後から焼却開始までの間、通勤困難職員がいたため人員確保が課題だったそうです。下記の写真は、今泉工場の屋上から撮影したものですが、前方に見える名取川から津波の水が迫ったが、300メートル程度手前で止まったのだそうです。しかし、車で通勤することが困難になり自転車しか使えなかったそうです。

必要最低人数の確保ができない状態から非常配備で参集したのちは、運転要員は通常体制がとれたそうですが、超過勤務対応など様々苦慮しながら再開にこぎつけた様子がわかりました。

また、焼却に必要な薬品については、重金属固定剤は納入予定日を延期したり、3工場一括で確保したようですが、燃料の重油なども含め備蓄を確保していたため、割と問題なく対応できたようです。

清掃工場は夜勤体制があるため、自分たちで自炊する食料を確保していた分もあるようですが、それらの食材を避難してきた住民にも提供したそうです。住民はずぶぬれで避難を求めてきたそうです。電話が通じなかったため救急車を呼ぶこともできず、職員が交代で乾布摩擦をするなどし体温の保持に努めたそうです。
50人分の非常用備蓄の乾パンで夕食を賄い、発電機付溶接機で電気を賄い、石油ストーブで暖をとり、次の日、近隣の避難所「六郷市民センター」へ移動したそうです。
しかし、長期化した場合を想定し、もっと備蓄の確保が必要だと話していました。

また、電話が不通だったため、個人の携帯メールを活用するなど、震災時の通信連絡網は課題です。

私たち23区には21の清掃工場がありますが、民間委託がどんどん進められています。私は2005年9月議会で、2006年度から2020年度にかけて15工場アウトソーシングを予定していることに反対し、質問を行いました。その時、清掃部長は民間委託によって「清掃工場はさらに安全で効率的な運営体制の確立が図られるものというふうに私どもは考えてございます。」と答弁したのです。

しかし、果たしてそうでしょうか。
大規模災害などに直面したときにいつも言われてきたのは、市民の生活と直結するライフライン確保と「直営の職員の大切さ」ではなかったでしょうか。 被災地の応援に23区の収集職員も収集車を運転しながら駆け付けたそうですが、破壊されたまちの道路を知り尽くしているのは、そこで働いていた方々です。そのため、地元自治体の職員が1名乗り込み、それを応援する形で東京から駆け付けた職員が収集作業をしたそうです。膨大ながれきや様々なごみを前になす術もないような被災地の状況から、迅速な処理がいかに大切か。

まちの再生は、何もかも奪われた住民にいくばくかの希望も与えるからです。

今回、震災がれきの搬入施設、そして今泉工場などを視察して改めて市民生活に関わるライフラインの大切さ、ごみ処理などの処理の重要さを教えられました。

23区は、首都直下型地震が来るだろうといわれていますが、大都会に林立する清掃工場の稼働は、重要な課題です。

かつて明治学院大学の熊本一規教授から「税の基本」を教えていただきました。生活すれば必然的に排出されるごみ。これらは税で処理することは基本なのだ。だからごみ有料化をさせてはいけないと語っていましたが、震災時、大量に発生するごみ処理は、自治体の仕事です、23区は清掃事業を移管しましたが、安易に清掃工場を委託させないよう、私たちがしっかりと声を上げていきたいものです。

 

 

 

| 議会・活動報告 |