「百聞は一見に如かず」・・ごみ性状調査見学   in港清掃工場

2009.08.02

 6月30日、廃プラスチック検討委員会でごみ性状調査を見学する機会を作ってくれた。これまで清掃工場のバンカーはいつもガラス越しの見学であったが、今回はバンカー内のホッパーステージと呼ばれる場所に初めて入っての見学。

 当初から何度も聞かされ、覚悟はしていたが、入った瞬間の臭いと熱気は、本当にすごかった。生ごみが発酵して立ちこめる臭気は想像以上だった。私たちはわずか40分程度の見学だが、作業しているかたは、座ってずっと分別を続けている。活性炭入りのマスクをしてはいるというが、大変な作業である。

可燃ごみには、ごらんのように電気コードなど、不燃ごみが入っていた。どうしてこんなものを燃えるごみに入れるのか!

「ごみに出してしまえば誰もわからない」という人間の心理なのか、本当にがっかりする。

写真を見ればわかるように、ごみ性状調査では、紙類でも種類ごとに分別、割り箸ひとつも丁寧に分別して、ごみの種類や割合をはじき出している。

  

プラスチックも種類ごとに分別していた。それでも、ここ港区は、容器包装プラスチックも容器包装以外のプラスチックもリサイクルしていることと、港工場では、区収集ごみよりも持ち込みごみが約6割というから、プラスチックの混入割合は比較的少ないのだが。

ごみから人間の気持ちが垣間見えると、つくづく思った。

便利さや快適さというものを追求する代償に、私たちは、大量消費・大量廃棄のつけを多額の税金を清掃事業に投入して得ている。

生ごみが発酵して発する臭気をこの中に封じ込め焼却し、都市の快適さの恩恵を受けているかわりに、公害防止とういう機械設備がどんどん施され、それらが税金という形で支出されていく。

ボールを持ってお豆腐を買い行かされた子ども時代、買い物籠を持って卵を買いに行った子ども時代、我が家のごみ箱はどこにあったのかなと考えても思い出せないのは、循環のわ・環が機能していたからであろう。

 また、野焼きをすればダイオキシンがでるなど誰も知らなかったし、一つの風物詩のように季節を感じる言葉でさえあったのだから、のどかな時代であった。

 今回、見学するにあたって普段着の上に作業服、作業服の上に更に防護服、そして軍手、マスク、ヘルメット、長靴着用の上でバンカー内のホッパーステージに入ったのだが、40分後に出てきたときには、軍手を脱いだ手にもヘルメットをはずした頭からも臭いが漂っていた。洋服も全て臭っていた。

 「そのままでは帰れませんよ」と事前にいわれていたとおり、港工場内のお風呂場を使わせてもらった。ごみ発電のお湯につかりながら、昔は、こうした風呂やシャワーなどが十分整っていなかったという話を思い出す。ごみ収集の職員も本当に辛い時代があったという。

テレビでどんなに清掃工場のごみの実態を報道しても見えないもの。それは、現場の臭いであり、熱である。今回の機会を得たことは本当に有意義だった。

大量生産・大量消費・大量廃棄

この流れをどこかで転換しなければ!

 

課題が尽きない一日をそれぞれ感慨ひとしおで過ごした5名の検討委員。各区の課長さんたちは職務も多忙な折、検討委員会出席だけで戻られてしまいまいましたが、もしまだ見ていないのだとしたら、是非ご一緒に見て欲しかった・・・・。

まさに 「百聞は一見に如かず」

 

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第二回多摩川清掃工場環境フェア

2008.10.26

  多摩川清掃工場主催の環境フェアが第2回目を迎え、ようやく地域に定着してきました。

 日頃、高い煙突を見て暮らす住民も、一人で工場内を見学する機会があまりない。ごみがどうなっていくか見てもらう機会を各工場が作り、ごみと環境に関心を持ってもらうことは大事だと思う。勿論、工場見学会を各工場で行ってはいるが、こうした地域に開かれた形で開催すれば、より多くの住民が参加し、清掃について考えていくと思う。

 幸い、多摩川清掃工場は広い敷地を有しているのでこうしたイベントも行えるが、これが渋谷工場などでは狭くてとうてい開催できない。工場の立地条件は大事な問題である。

 長らくこの地域で生活しても「今日始めて工場内を見て驚いた」という方も多く、やはり百聞は一見にしかず。

  わたしも、地域のふれあいパーク活動の方々と参加しましたが、フリーマーケットには家族連れで出店する方々が結構多くいて、もったいない精神でリサイクルが定着してきていると感じました。特に、子どもたちが自分の洋服を持って元気に「かってくださーい」と声を上げていたが、環境教育は日常の生活で推進するのが大事だと思った一場面でした。

                                

 

 

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決算委員会から  その1・・清掃

2008.10.15

 決算委員会はわずか25分という短い時間での質疑です。「もっと時間が欲しい」と私。「それならば一人会派でなくもっと増やさないと」と。区によっては款別(かんべつ)各課ごとに時間が配分され、決算に一人で60分以上確保できる議会もあるとか。「うらやましいなー」と、思いながら臨んだ決算議会でした。あれも聞きたい、これも聞きたいとおもいつつ、テーマを絞る以外25分は活かしきれません。

 そこで、この度は「清掃」と「教育」に。本当は「まちづくり」も質問したかったのですが・・・。残念!

  • 清掃 ①「23区区長会が廃プラスチックの資源化品目を拡大することを決めよ」

22の清掃工場に、政策が異なる各区のごみが搬入されるのは困ると私は考えています。廃プラスチック量が増えれば、工場で使用される薬品類の量が増えるそうです。また、オーバーホールにかかる経費も増大するだろうと予測されております。その経費増大分は、各区の分担金の増額につながると思います。

さて、「廃プラスチックの資源化品目を一つでも二つでも増やし、23区の普遍的な事業として都区財政調整の基準財政需要額に算入を」と質問いたしましたが、大田区は緊急2ヵ年計画で廃プラスチックの資源化経費の試算をすることにしており、その点を聞いたところ容リプラをやれば約7.5億円 また、その他ボトルでは1.5億円と見込んでいるそうです。秋から組成調査をするそうです。その結果によっては、廃プラスチックの資源化にも取り組むようです。

まずは、多摩川工場や大田工場へ搬入される廃プラスチック量を減らせるようにしていきたいものです。

  • 清掃②「ごみ収集の車両雇上の覚書について」

2つ目は、車両雇上について質問いたしました。平成17年、区長会では「車両雇上について、資源ごみと粗大ごみは各区が契約できる」と見直しを行いました。私は、行政がごみ収集を行うずっと以前から、確か江戸時代から続いてきた歴史と聞いておりましたが、東京23区のまちをこんなにもきれいに維持できていることは、相当厳しい時代を経て今日に至っていると思っております。ただ、それぞれの経費を決算書で見ていて、車両一台にかかる額に開きがあると感じました。そこで、17年度以降の覚書の見直しについてはどのようになっているか質問いたしました。財政収入も厳しい時代を前にして、経費の面でも考えていかなければならないと思います。

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廃プラスチックの中間処理施設を視察して

2008.09.08

 

 23区が廃プラスチックのサーマルリサイクルを決定した2006年からこの間、各区の取り組みの違いによって様々な課題が生じている。資源化に取り組む区がある一方で、税金をこんなにかけられないと焼却にまわす区など様々な状況である。

 8月25日視察した足立区にある戸部商会では、中野区と新宿区の資源化されたプラスチックを中間処理しています。次々と運び込まれるプラスチックは、あまりきれいとはいえず、また、臭いも結構強く、仕事をしている方は本当に大変だと思いました。資源化といいながら、中には紙おむつがまぎれていたり、洗剤が入ったままの容器が混入しており、そうしたものを手作業で一つ一つ仕分けしているのです。そのため、残渣の量も多いのが実情です。市民の中で、ごみではなく資源なんだという意識がまだまだ少ないのかも知れません。

 この日は丁度、雨降りで気温が少し低かったので臭いなどはいつもよりは少なかったかもしれませんが、資源として廃プラスチックを出す私たち一人ひとりの気持ちの持ちようで改善できることがあるなと思いました。

 資源化に取り組んでいない我が大田区のこれからも問われますが、何よりもプラスチックの課題は、上流、つまり企業の製造段階からの改革なくして本当の解決は遠いとつくづく感じた一日でした。

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東京23区清掃一組第2回定例議会 傍聴記

2008.06.27

 26日は清掃一組の第2回定例議会開催。午前中地元での行事もあり少し遅れて参加したので、「財務委員会」からの傍聴でした。財務委員会に付託された議案4件は、いずれも工場の契約事項です。

おおまかには、板橋工場焼却炉補修・大田工場第一工場焼却炉補修等・有明工場管路収集システム制御用電算システム整備・江戸川工場電算システム整備の請負契約の締結でした。

これら4議案の内容については、事前に行われる全員協議会において質問が行われているので、私たち傍聴者には質問内容はわかりかねるところが、各議会の仕組みと違うところですので、議案についても質問はありませんでした。

 ただ、大田区選出の議員である永井議長が、若干意見を述べており、大まかには次のような内容でした。

「清掃の区移管、平成12年から8年もすぎた。当初は当分の間であったのに自区内処理の傾向を忘れてしまう。民間委託するものは民間へと考える。大田区出身の議員として、自分の区のごみを自分たちでやろうと思っている。千代田区に清掃工場を作るのは無理だから、江東区で受け入れ無理なものは大田区でと思って賛成してきた。清掃一組の仕事は大きすぎて細かいことろまで配慮できない。身近なことは身近な区がやる。そのことを含めて管理者の区長がどれくらい理解しているかわからない。議会としては不安と疑問がある」

これに対して、出席理事者の佐藤副管理者から

「第3ブロックの議員からたびたび意見を賜っております。私どもは清掃一組をどうするか、当事者能力はありません。23区区長会と議会がどうするかで、我々が提案する権能もございません。しばしばこういうことは議論するきっかけにはなりますが、今後もどういう席でも述べられていけば幸いと思っております。」と答弁がありました。

 思いおこせば平成11年だったろうか。かつて四谷にあった区政会館を現在の飯田橋に建て替える議論も真っ盛りだったと記憶している。私たち23区区民自治の会は、宝くじの収益金で建設される区政会館について、意見や要望を行ってきた。どうしても建替えるということなので、23区の会館に20階建ても必要なのかなど議論して、維持管理費のことも考えて、20階ではなく10階から14階建てくらいの、階の少ない会館にするプランにして欲しいと要望もしたきた。

 そして、23区が基礎的な自治体になる条件として清掃区移管が議論され実行されることは、実は大変なことだった。

 東京都清掃局だから一貫して行える清掃事業の仕組みや技術など広域行政の仕事が分散したのでは、実にデメリットが大きいのではないかと話してきた。しかも、都庁時代にはわずかの職員でこなしていたリサイクルの仕事を、各区で清掃リサイクル課を作り職員を確保してやらなければならなくなった。第一、収集・運搬・焼却・埋立が一つの自治体で行えないなど必ず矛盾がでてくる。それらの課題を抱えつつも23区は基礎的自治体を選択した。

 そのために、23区区長会は各区議会に「東京23区清掃一部事務組合の設立」を提案し、各区議会で議決されたのが「ごみの中間処理の自治体」だったのである。清掃一組の生みの親は23区区長会と区議会議員だったのである。廃止するためには、23区区長会が提案し、23区区議会全議会の議決以外ないのである。

 一つの自治体を作るという責任の重さを議員の一票は持っていると、つくづく痛感してしまったことを昨日のことのように思い出す。

そして、この間、自区内処理やブロック化など様々議論されてきた。自区内処理は、5区に清掃工場が建設できないから見送りになり、次はブロック化が助役会で検討されてきたが、そのブロック化もだいぶ話が進んでいたように記憶しているが何故か頓挫した。私は、ごみ量が削減できたら、少しずつでも清掃工場を廃止していきたいと思うし、自区内処理は経費面でも課題が多すぎると考えている。

 かつて、人々の軽蔑の対象だったごみ行政。そこで働く人々のいわれなき悲しみを私も少しだけだが理解してきたつもりである。それは、し尿処理を仕事とする親を持つ児童と教師の頃に関わったからだった。親の職業で子どもまでもが差別される現実が確かにあるのだから。本当に悲しいことである。

 そうした経緯や前提を忘れず、都市の衛生を支える清掃事業のあり方、生活に直結するごみの中間処理を担う清掃一組議会を私たちは傍聴し続け、その仕事について少しでも区民に伝える責務を持つと考えて行動してきた。

 これからも「23区区長会に働きかけよう」と私たちの合言葉。

 勿論、一人の議員として、議員の一票の重さを自覚し、議会で意見を言い続けることが私たちの仕事であることを第一として。

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