まちづくり 「絶対高さ制限」と「マンション円滑化法」の課題

2015.01.29

東京の縮図と言われる大田区ですが、町工場の倒産・廃業の跡地に、高層建築物などが目立ち、区内の様相が変わってきました。貴重な緑あふれる調布地域の森が高層建築物に変わるお知らせなど、行政の権限は確実に及ぶのかと考えてしまいました。
こうした変化にどう対応するか。地域力を生かした大田区まちづくり条例や大田区みどりの条例だけではなく、2013年には「大田区らしい多彩で魅力的な景観のあるまち」を目指して、景観法に基づく景観計画を施行いたしました。しかし条例や景観計画の効果は、一体どこまで及ぶのでしょうか。

建築主には、大田区景観条例に基づく「事前協議書」の提出が義務付けられ、景観アドバイザーへの意見聴取など事前協議を経て、景観法に基づく建築確認申請・許可申請が必要ですが、届出・協議に基づく行政指導は、もともと法的強制力のない、或いは弱い指導にとどまるため、事業者等の自主的な協力がなければ、景観計画が策定されても住民にとって地域の景観が守られるかと多くの課題が残ります。届出・協議の手続きと建築基準法の建築確認等の手続きとの連動が、確実に図れているでしょうか。指導の実効性は担保されているのでしょうか。

景観アドバイザーへの意見聴取は、事業者による計画内容の説明と計画内容に対する質疑という点で、公正で中立な立場での意見・判断が得られることと思います。地域住民にとって景観アドバイザーはいわば第3者機関であり議事録について公開するべきと考える。

折しも区では「住環境の悪化及び高さに伴う建築紛争を未然に防ぐため」絶対高さ制限の導入の検討を進め、第一次素案の区民意見を求めました。例えば、国分寺崖線に連なる第1種中高層地区で、しかも景観保全地域として指定されている場所に高さ約40メートルのマンション計画が進行中です。素案では絶対高さの指定値は20メートルのため、建替え後は20メートルまでしか建設できません。
しかし「既存不適格建築物」となった分譲共同住宅等の建て替えについては、一定の要件を満たせば一回の建替えに限り絶対高さ制限は適用しませんと素案で特例措置を設けています。マンションの寿命は40年とも50年とも言われ、一回の建替えに限り絶対高さ制限が適用されないとすれば、およそ80年から100年間、40メートルの建物が維持されます。

一方で既に建設済みの建物に入居している住民にとっても、既存不適格の建物の再建について十分な対処がなされなければ、財産権が守られない心配があり、地域紛争を生み出します。国立市のマンション紛争は、条例制定一か月前の駆け込み建設で、事業者との紛争に長い歳月を費やしました。

そうした懸念を払拭するため、絶対高さ制限の導入の時、対象となる市内全てのマンション管理組合に情報提供を行い、親切で丁寧な説明を繰り返した自治体があります。その結果、再建の特別措置を含めて合意を得たそうです。所有者の財産権に及ぶ規制に対し、区はこうした細やかな対応をすべきです。

建物の高さは、人口増加の時代から減少の時代に対応していかなければ、やがて建替えすらできず高層建築が取り残される危険があります。無自覚な高層化は、全国各地で紛争の種をまいてきましたが、大田区が絶対高さ制限を検討している最中、なかば駆け込み的な高層建築になんら打つ手がなければ、大田区景観条例や景観計画が機能することはできず、絶対高さ制限も誰のため、何のためなのか、その方向性を見つけられません。

更に12月24日、国は「マンションの建替えの円滑化等に関する法律」を施行いたします。昭和56年以前に建設された旧耐震基準のマンションの建替えにあたり、防災上の観点から建替え促進したい国は、マンション建替えを同じ場所で行う場合に容積率を1.5倍に緩和することにしました。更に、マンションだけではなく、ホテルやオフィスビルへの建替えも可能となり、住居地域にホテルが建設されることも考えられるなど、都市計画も変わるとも指摘されています。

東京都の調査によれば、マンション総数は133188棟。そのうち旧耐震基準の分譲マンションは11892棟です。大田区内に分譲マンション666棟、賃貸マンション970棟と合計1636棟あります。このうち円滑化法の対象である旧耐震の分譲マンション建替えという課題も視野に入れておかなければ、区が進める高さ制限と、容積率が緩和される円滑化法では、矛盾する側面が出てきます。
例えば指定値20メートルの地域で建替えるとき、容積率緩和を受け、 指定値を超える高さの建物が建設される可能性も出てきます。その時、大田区の絶対高さ制限を順守させるのか、それとも円滑化法に基づき絶対高さを超えるマンションを建てさせるのかどうかという課題が突き付けられてくるのです。円滑化法の施行を前に、大田区として旧耐震のマンションについてどのように考え田るか。

絶対高さ制限という大きな命題は、区民の財産権や大田区のめざすまちの景観、そして、国の法律との整合性など実に多岐に亘る課題を内包して、制定は容易ではありません。景観条例第2次素案に向けパブリックコメントを集約していることと思いますが、今現在から少子高齢化に向かう大田区のまちづくりに、具体的なビジョンを描き区民に提示できるか。その前提があって初めて高さ制限が機能すると考え、区民の声を受け止め、庁内の十分な議論を重ね区民への説明責任を求めました。

 

 

 

 

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「まちの駅」をつくろう!

2012.04.07

みなさん様々な地域で「道の駅」を訪れたことがあることと思います。日本全国に900か所はあるといわれており、地元の産直野菜や加工品などを販売。更に町おこしにつながる、例えば温泉を利用した「足湯」なども併設するなど、地域の特徴が生かされています。
そこに新たに「まちの駅」が登場してきました。まちの駅は全国に約1500か所といわれておりますが、近年急速に広まっています。まちの駅の特徴は、「溜まり場」です。人と人のつながりやかかわりが希薄な時代、都市化の波、雇用や健康への不安など課題の多い時代ですが、だからこそもう一度学びあい、支えあう地域活性化の溜まり場を作ろうと市民やNPOなどが協力しあい形成してきました。地域の特色によって「川の駅」「海の駅」などと名付け、出入り自由なたまり場を「駅」として作り続けてきました。
5日、今後の地域社会、都市の課題に寄り添った「駅」を作ろうと呼びかけがあり、私は墨田区押上を訪ねました。墨田区でてんぷら油など廃油を回収し、エコエネルギーとして再生している「台所油田」の染谷会長がおいでになります。染谷会長は障害者雇用にも力を入れ、ミヒャエル・エンデの小説からとった「モモ」という喫茶店をかつて経営し、そこで障害者を雇用してきました。また、障害者のための「ビッグ・イシュー」創刊号も発刊してきました。東日本大震災のあとには「ディプソル」という本を発刊。震災で障害者がどのような状況におかれたか丁寧に掘り起しまとめた本です。
染谷会長は既に墨田区に「グリーンステーション・まちの駅」をめざし、既存の店を借りて営業をしています。地域の方の溜まり場をめざし、ボランティアも兼ねているお店です。私は、大田区の高齢者「ふれあいサロン」が一向に進んでいないため、こうしたまちの駅の形式で進められないかと思いました。東京は一人暮らし高齢者が増加し続け、孤立死も続いています。だからこそ地域の気軽な溜まり場が必要です。NPOの方々とも意見交換。

さて、押上といえば東京スカイツリーのお膝下、業平駅が「とうきょうスカイツリー駅」と名称変更。駅を降りて見上げるとスカイツリー。平日、しかも木曜日でしたが、浅草から東武線で眺める隅田川には桜が満開で人があふれるにぎわい。そして開業前のスカイツリー駅でも多数下車。みなさん、写真撮影。私も一枚撮影。
帰路、浅草駅から浅草寺まで歩いてみましたが、何と、そこにも人の多いこと。観光政策に悩みの尽きない大田区にはうらやましい光景でしょうか。

でも、大田は大田らしく。観光も大事ですが、まずは元気で安心して生活できるまちを作ることからです。
業平駅・・とうきょうスカイツリー駅前

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3月11日 東日本大震災から一年

2012.03.11

 あの日から1年。時計が止まったままですと語る被災者がまだたくさんおいでになります。癒えぬ悲しみに潰れそうになりながらも懸命に生き抜く被災者。被災した友人の実家では、東京から野菜などを送ると、ご近所みんなに配るのだそうです。そうして少しずつ分け合いながら励ましあって生きていると伝えてくれました。

 そんな矢先、友人の父は、漁師としての半生を閉じました。岩手県のリアス式海岸は豊かな漁場として多くの人々の生活を支えてきました。穏やかな湾には牡蠣の養殖いかだが並んでいました。

 漁の糧である船が津波で破壊され、使い物にならなくなったとき、いち早く再開にこぎつけた三陸の漁民。結の精神が地域の再生を支えたそうです。

昨年訪れた山田湾は、まるで何事もなかったかのように穏やかな海でした。多くの命を奪った海。でも、人々はその海に再び漕ぎ出でて生き抜いています。

 復興へ歩み始めた被災地もある一方で、福島原発の放射能汚染のため、故郷に足を踏み入れることさえできない多くの被災者がおります。目に見えない、臭いもしない放射性物質を放出し続ける原発の脅威は、人々の叡智をはるかに超えています。。

 東京都下の下水道処理施設では、この新年から再び汚泥焼却灰の放射性物質の数値があがっていました。葛西水再生センターでは、放射性セシウム137が12月末には68Bq/kgだったものが、2月20日には6900Bq/kg と、今年になってまた高くなっていました。もちろん、南部スラッジプラントも30Bq/kgから1400Bq/kgと上がっています。震災前は「検出されず」という状態だったのです。こうした状態で、最終的に流れ込む東京湾の一年後、二年後がすでに懸念されています。

 そして、福島原発の4号機付近は「1500マイクロシーベルト」と報道されていました。日本は、終わりの見えない世界に足を踏み入れてしまったのです。

 午後2時46分、日比谷公園に集まった多くの市民とともに黙祷を捧げる。思い思いのメッセージを旗に込め参加していた方もたくさんおいでになりました。今日は全国各地で3.11を忘れない、原発を廃炉にと呼びかける集会が行われています。外国から参加されている方も大勢おりました。そして、いつにもまして子ども連れの親子が多数参加している姿に励まされました。

 子どもたちに安心の未来を残さなければ。

 

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大田区が放射線量測定結果を公表しました

2011.06.17

 6月15日、大田区でもようやく放射線量の測定を行い、16日に数値が公表されました。

 大田区は、放射線量の測定にあたり東京工業大学と連携していますが、今後は分析等を寄せてくれることでしょうか。

 さて、地表からの測定地点を3か所に決めているため、測定を継続することで放射線量の比較することができます。本来ならば、都内どの地点の測定においても、例えば大田区と同様の高さを決めて測定すれば、都内測定地図ができるのです。東京都がイニシアチブをとって、各自治体の測定地点を同じにするように働きかけて欲しいものです。

大田区内の放射線量 測定結果
測定日時 天気 測定場所 測定値
100cm 50cm 5cm
6月15日 水曜日 10:00~
10:20
曇り ①東糀谷防災公園 0.10  0.11  0.12 
11:00~
11:15
曇り ②地域庁舎 0.09  0.10  0.11 
13:10~
13:23
曇り ③本蒲田公園 0.08  0.08  0.08 

単位:μSv(マイクロシーベルト)/h(時)

 ちなみに今回の測定値0.08~0.12マイクロシーベルトは、1年間外に居続けた場合として換算すると、0.7ミリシーベルト~1.05ミリシーベルトになります。国際放射線防護委員会の勧告「平常時は年間1ミリシーベルト(=1,000マイクロシーベルト)」です。

放射線量は、少なければ少ないほうがいいと言われています。空気中の放射線量だけではなく、砂場など土と直接触れる機会の多い子ども達のために、土壌の測定をして数値を公表していくことが必要です。

 大田区でも様々な課題が生じた福島原発の放射能汚染。福島の子ども達の置かれている現状がいかに大変なことか。国が責任を持って学びと命の保障をするように働きかけていく責任が、電力を依存して生活をしてきた都会の私たちにはある。

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大田区にある下水処理施設 空気中から高放射線量

2011.06.09

 5月臨時議会で指摘した南部スラッジプラントの放射能に汚染されていた下水汚泥と焼却灰。その下水処理施設内の空気中から、毎時約2・7マイクロ・シーベルトの放射線量が検出されていたという。これは福島県の飯館村と同程度の放射線量だったという。そこで仕事をしていた方々の安全対策も含めて深刻な事態である。

 3月26日、この下水汚泥から10万ベクレルの放射能が検出されていた時も、東京都は施設がある大田区に対し報告していなかった。1年に2度ほどの通常の測定では、1ベクレル/kg以下で「検出されず」という状況だったのだから、いかにレベル7という福島原発事故の影響が大きいかを数値は教えている。

 それなのに東京都は「誤解を招く恐れがある」として、公表していなかった。しかし、もしこの放射線量で一年推移すれば、年間積算量が20ミリ・シーベルトを上回り、計画的避難区域と同様になってしまう。

 目に見えない放射能汚染!しかし、水の再生の仕組みの中で、放射能がまぎれもなく下水汚泥から検出され、空気中からも測定されている。何よりも子どもたちの健康を考え、そしてそこで働いている方々の健康を守るために東京都は早く公表し、対処すべきであった。

 200キロも離れている大田区でさえこの状況だ。福島の子ども達はどんなに辛いことだろうか。

 9日から第2回定例区議会がはじまる。子どもたちの健康と安全を第一に考えていきたい。

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