4月 健康福祉委員会報告

2008.04.15

 今日は常任委員会。理事者の大幅入れ替えで、まずは自己紹介からはじまりました。

 さて、私が所属する健康福祉委員会では、11項目の所管報告が行われましたが、時間が足りずに残った案件の質問は次回ということになりました。主な内容をお知らせいたします。

1.第64次生活保護基準の改定について

大田区の保護率は全国や東京都と比較しても高い数値を示しています。全国・・・・12.1パーミル   東京都・・15.8パーミル  大田区・・17.4パーミル。特に、高齢者世帯が47.9%と、高齢化率が高くなると共に増えていくことが考えられます。生活保護は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とされる憲法25条の理念に基づく国の制度ですが、私たちもしっかり見守っていきたいものです。

2.4月1日から、「後期高齢者医療制度」が始まりました

大田区役所にも電話相談、来庁相談が相次ぎました。老人会などを中心に説明    会を実施しておりましたが、十分とは言えず、制度を知らない人がおります。また、約1000通が未配達だったそうです。届いていない人は 旧医療証を使用できるとされましたが、制度が変わったことで窓口負担が3割になった方もいるので、まだまだ、混乱は続きそうです。

 もともとこの4月から制度を発足させること事態が無理だと考え、また、制度そのものに反対してきましたが、まちで区民に出会うたびに「何故こんな制度を作ったの」「病院を我慢しなさいと言われているような気がする」と、話しておりますが、本当に大変な制度です。

 しかも、突然「長寿医療制度」などと呼び名を変えていますが、本当に変えて欲しいのは内容だということがわからないのでしょうか。

3.あるグループホームの運営について

このグループホームの運営は、地方の医療法人でしたが、新しい理事長の方針で撤退したのです。利用者が困らないように、その後を区内の医療法人に引き継がれたとのことですが、高齢化を迎え、ますます介護のあり方が問われるときに、こういう問題はあってはならないことです。本来、どの事業者に「定期建物賃貸借契約」をするか、区は十分審査をして行うわけですが、20年契約のうちわずか2年で撤退したのですから驚きです。

 利用者に安心の介護を提供できる自治体として、事業者を適正に評価していかなければならないと痛感した報告でした。

4.大田区地域包括支援センター運営評価報告書について

これは、地域包括支援センターが、適正かつ円滑に高齢者を地域で支えるために、その抱える課題や実態を報告したものです。大田区の地域包括支援センターは現在20箇所ありますが、平均担当面積は2973平方キロ、平均担当人数は33233人と、23区平均よりも大きい数値です。また、職員一人あたりの高齢者人口も、一番多い馬込で1791人、少ない大森東で829人と様々です。介護予防の充実などきめ細かな対応をしていくためにも、今後のセンター、職員数のあり方などが見直しが必要です。

 今日も傍聴者が駆けつけておりましたが、報告案件の質疑だけで12時半になってしまい、陳情の審議はできず申し訳なく思います。5月の委員会で今のメンバーでの審議は終了します。それまでに陳情の結論を出していかなくてはと思った今日の委員会でした。

 

 

| 福祉・医療 |

ふるさとの空は・・・六ヶ所村再処理工場の危険性を問う

2008.04.15

 4月14日、「六ヶ所再処理工場の危険性を問う」と題して開催されたシンポジウムに参加した。このシンポジウムは全国の医師の団体が、被爆しても治療方法がない現状を重く受け止め、六ヶ所村再処理工場の本格稼動中止を訴え開催された。

 1980年、アメリカやソ連の医師は、核戦争防止国際会議(IPPNW)を設立したが、それは、被爆に対する治療方法がないこと、被爆は予防する以外にないからでした。それから20数年の月日が経ち、日本は今、どこへ向かおうとしているのでしょうか。

 さて、アメリカは1942年、「マンハッタン計画」で二種類の原爆を製造しました。一つは長崎原爆の材料となった、原子炉から生み出され再処理されたプルトニウム、そしてもう一つは濃縮ウランによる広島原爆。そして製造過程で生み出された「死の灰」。それは無毒化できなければ、多大な影響を与え、実に100万年もの長い期間、隔離しなければならないのです。既に世界各国は「死の灰」の処理に困り果てているのです。

 パネラーとして参加した京都大学原子炉実験所の小出裕章氏は、「原子力に夢を持った時代から、逆転の時代に入った。1970年代、原子力発電所の建設は次々とキャンセルされ、現在、4百数十基残っているが、この20年間は増えていない。死の灰はどうしようもなく、とてつもない危険がある。巷で言われている原子力ルネッサンスは決しておこりません。」と話していました。そんな状況の中での日本の原子力への取組は何故なのか。

 2006年3月31日からアクティブ試験を開始した青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場は、今年5月に本格稼動へ移行しようとしています。そして、再処理工場周辺では、既に330兆ベクレルという膨大な放射性物質が大気と海洋に放出されています。また、使用済み核燃料1トン当たり4億円もの経費であり、経済的には破綻しているのです。ところが、六ヶ所村の再処理工場は本格稼動に入ろうとしているのです。

 六ヶ所再処理工場の稼動は、大規模な環境破壊を引き起こすと同時に、着々と核軍事に利用されていくプルトニウムが製造されていくのです。この事態を黙って見過ごすことはできないと、各地域から集まった人々の思いを、どうか受けとめ、広げて欲しいと願わずにいられません。

 六ヶ所村で「花とハーブの里」を営んできた菊川さんが育てた球根が、矢口せせらぎ公園で花開きました。ふるさと青森県の人々に生活できる環境と安心をと願っているように大輪の花をつけたのです。次の世代に安心の環境を受け継いでいきたい。

                                                          

             

| 環境・街づくり |

中央防波堤埋立処分場の残余年数を修正

2008.04.11

 東京都環境局が中央防波堤埋立処分場の残余年数を修正し、公表した。そこには、「あと何年埋立てができるかという年数(残余年数)の正確な予測は、埋立量が、社会や経済の動きや、ごみ処理やリサイクルの技術の進展等に応じて変化するため困難ですが、しばらく前まで(平成18年ごろまで)は、それまでの埋立実績から推測すると、残余年数はあと約30年程度だろうと予測されていました。

その後、平成19年1月に改定した埋立の計画では、廃プラスチックのサーマルリサイクル(※)や、焼却灰のスラグ化(※)などにより、埋立処分量を削減するなどの工夫を行うことにしています。このため、これらの計画が順調に進んだ場合には、埋立処分場の残余年数は、概ね50年以上は確保できるだろうと推定するようになりました。」と書かれている。

23区は廃プラスチックの焼却処分に踏み切ったが、資源化は各区事項であるために、23区それぞれの思惑が働いている。環境局の残余年数修正を受けて、東京23区一部事務組合や各区長はどう考えたのか。その点を明確にし、今後の廃プラスチックの資源化の働きかけをしていきたい。

| 清掃・リサイクル |

園児たちを見守り続けた「ひかんざくら」

2008.04.11

 毎年この季節の私の楽しみの一つに区立幼稚園の入園式がありました。残念ながら今年、入園式はありませんでした。区立幼稚園は、とうとう来年3月で廃園。そして、今年は一クラスだけでの生活の日々をはじめました。

 例年、千鳥幼稚園の様々な行事に参加させていただきましたが、子どもたち一人ひとりの笑顔が本当に輝いていました。「お互いを尊重し合いながら大人も子どもも笑顔がたくさん見られる幼稚園にしていきたい」と、園長先生はじめ、職員の方々は子どもたちだけではなく、保護者とも心を通わせておいでになりました。

 3月、ゆり組、もも組そろっての卒園式が、ひかんさくらの咲く幼稚園で行われました。「一人ひとり感じ方はみんな違っていいんだよ」と語りかけられ、よく遊び、自然に触れ、集団でのかかわりを学び、そして、当たり前の日常の積み重ねを育んできた園児たち。あの幼い、心細いような顔の入園式を見ているだけに、その成長した姿は本当に嬉しい光景でした。

 今、自治体では、区立幼稚園を残す様々な手立てを講じています。区立と私立がそれぞれの良さを伸ばしながら、保護者に様々な選択の余地を残してあげることが必要なのです。

 地域の方々の暖かい交流も含めて一つひとつ積み上げてきた区立幼稚園廃園の影響が、子育て、教育に与える影響が大きいことを改めて知る日々です。

 

| 教育・子育て |

丸子川の整備について

2008.04.11

2月の議会でまちづくり、河川の整備丸子川について質問いたしました。

大田区は一級河川多摩川、そして羽田からつづく東京湾と、豊かな自然環境に恵まれた地です。特に、多摩川は都市型河川の王様として、年間1000万人を超える人々が活用する流れです。ことに、下流域の大田区には干潟、そして、神奈川県の絶滅危惧種B指定のトビハゼの産卵場所としても貴重な場所です。今回は、そこに寄り添うように流れる丸子川について質問いたしました。 以下は2月議会の質問の抜粋です。

 

 徳川家康の時代に遡る六郷用水の名残・丸子川はまもなく見事な桜を見せ、行き交う人々を楽しませてくれます。全長7.3キロメートル、大田区では2.3キロの一級河川として、のどかな散歩コースになっており、区外からも多くの人々が訪れています。

 さて、その川沿いをゆっくり歩いていけば、大田区と世田谷の境が大変明瞭にわかります。それというのも、柵や石積みが大田区と世田谷では違っているからです。川の護岸が石積みの護岸になっている世田谷区。柵も大田区側は駐車場のフェンスのようで、丸子川の風情にはあまりなじみません。そうした状況を毎日眺め暮らしている地域の方々は、せめて訪れる人の目を楽しませたいと、ボランティアで花を植えられております。

 今、東京都では「緑に囲まれ、水辺と共存した都市空間を創出する」として、新たに、コンクリート護岸や河川に背を向けた建築物などを見直すとしておりますが、大田区としましても水と緑の散策路につながるこの2.3キロの丸子川の護岸や柵などの整備をするよう東京都にも働きかけ、市民の散策コースとして活用すべきですがいかがでしょうか。同じ河川を管理しても区の政策によって景観も異なり、改善の余地があると考えます。丸子川沿いは、春の桜のみならず四季を通して他区からも訪れる人の多い散策コースであり、区の観光スポットとしても有効と考えます。行政だけではなく、地域の住民も参加した景観のあり方も視野に入れて考えていただきたい。

 人間は自然と共生して潤いや安らぎを得ながら日々の生活を繰り返す。シギやカルガモが訪れるこの水辺もまた、私たちにとってはかけがえのない流れです。

 

| 環境・街づくり |