中国帰国者の高齢化と介護支援

2019.04.05

現在、大田区には、62世帯97名の帰国者と家族が生活しています。
満蒙開拓団として渡った中国で、戦後、帰国を果たせないまま多くの日本人、特に高齢者、女性、子どもが置き去りにされました。子どもの命を守りたいと考えた親は、幼い子どもを中国の人々に託し、中国の養父母のもとで成長しました。1972年日中国交正常化によってようやく肉親捜しが始まりましたが困難を極めました。
特に問題だったのは1959年の「未帰還者に関する特別措置法」という「戸籍を戦時死亡宣告で抹消する」という法律でした。3万円の弔慰金で生死を確認しないまま死亡宣告。肉親を捜しが始まっても、戸籍を回復しなければならず大変厳しい状況でした。
日中両国政府に日本人孤児として認められたのは、2818人。そのうち中国帰国者として永住帰国した方は2557人。孤児と認められないまま亡くなった人々も多数いたのです。
帰国しても生活はとても厳しいものでした。そこで全国の帰国者は国家賠償に踏み切ったのです。中国に置き去りにされたこと、政府から戦時死亡宣告を受けたこと、そして帰国後、十分な生活ができなかったこと、この3度にわたる棄民政策について国家賠償で訴え、ようやく支援給付を得て今日に至っています。その苦労は、並々ならぬものがありましたが、日本全国の良心的な弁護士の応援という大きな支援を得て勝ち取ったのです。そして今、日中の2つの祖国の懸け橋として懸命に生きています。
私は2019年第1回定例区議会の予算委員会で、中国帰国者の対策を取り上げました。高齢化している帰国者の介護が急務だからです。施設を利用しても日本語が十分に話せないため、思い伝えられず孤立を深めているのです。そこで中国語が話せるヘルパーや施設の確保など、安心して介護を受けられる対策を求めました。
また中国帰国者の2世は中国語と日本語が話せるため、ヘルパー資格取得など道を拓けば就労とサポートにつながります。
大田区には帰国者を支援する中国帰国者センターがあり、今年設立10年を迎えますが、帰国者は「ここが実家だ」と語っています。集い、語らえる場所があることが、どんなに勇気を与えてくれるか。自宅にひきこもらず、「センターまで行くぞ」と来てくれることが、大きなつながりを育てています。
戦後の長い時を経ても戦争の傷跡は残り、二度と同じような悲しみを引き起こさないためにも、次の世代に戦争の体験を語り継いでいきていものです。

 

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