大田区多文化共生の担い手は街の外交官!

2016.06.21

東京新聞に街の外交官として紹介された鈴木昭彦さんは、大田区多文化共生の担い手です。中国帰国者や在日外国人の様々な問題を迅速に解決して、一貫して支え続けてきた人です。

その鈴木さんの突然の訃報でした。

でも、前に進もうと、鈴木さんの仕事を尊敬してきたたくさんの人々が、思いを受け継でいこうとお別れ会に集い、賑やかに語らいました。

まだまだ外国人への差別がある社会で、堪能な語学を生かし人権を護ってきた鈴木さん。

お別れ会の次の日には、Mixでは相談者が見えて、語り合っていましたよ!

縦と横の糸が織り成す布のように、人々の交流が広がり根付いています!

街の外交官!まさにその通りの生き方を貫いた鈴木さん、安らかにお休みください。

 

| 未分類 |

第2回定例区議会 陳情について

2016.06.21

第2回定例区議会に提出された陳情

1.米軍普天間基地移設に関する区議会意見書の提出を求める陳情・・・賛成しました

戦後71年。米軍属による女性殺害事件は、沖縄の置かれた現実を如実に物語っています。しかし、安倍首相は事件を知ったのちでさえ「辺野古移設を進める」を明言したのです。米軍基地があるが故の数々の事件なのに、米軍基地を更に増やすというのです。

1995年のアメリカ海兵隊員と海軍軍人3名による12歳少女暴行事件は、沖縄県民にアメリカ統治時代を思い起こさせ衝撃を与えました。沖縄県議会は超党派で実行委員会を組織し、沖縄県民総決起集会を開催し8万5000人が参加しましたが、このとき事務局長を務めたのが玉城義和県議会議員でした。玉城議員は2014年7月、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」でも事務局長を務め、まさに保革を超えたオール沖縄の連帯の礎を築き、翁長知事を支えてきた人です。しかし、残念ながら沖縄県議会選挙の結果を見届けることなく、6月3日病気で亡くなられました。

6月19日県民集会が開催され「県民の怒りは限界に達しつつある」と、6万5000人もの人々が集ったのです。玉城議員が貫いてきた意志が受け継がれていると私は思います。

この集会には被害女性の父親から「米軍人・軍属による事件、事故が多い中、私の娘も被害者の一人となりました。なぜ娘なのか、なぜ殺されなければならなかったのか。次の被害者を出さないためにも、全基地撤去、辺野古新基地建設反対。県民が一つになれば可能だと思います。」とメッセージが寄せられたそうです。

被害者の無念、家族の心からの願いをしっかり受け止め、沖縄県民と共に米軍基地撤去を大田区議会からも声をあげるべきと考えましたが、不採択になってしまったのです。
更にこの陳情に加え、共産、ネット、フェア民、そして私と12名の議員で提出した「米軍属による女性死体遺棄事件に関する意見書」も不採択となりました。本土の人たちも第二の加害者と叫んだ沖縄の大学生の言葉が重く響きます。

2.区民の声が公平に区政に届く議会運営に関する陳情・・・賛成しました

「議会は数の論理」とよく聞きます。しかし、一方では、通用しないこともあり、不思議な世界です。
常任委員会と特別委員会の委員長、副委員長ポストは、「交渉会派から選ぶ」そうですが、ここでは数の論理は通用しないのが、ここ最近の大田区議会です。交渉会派の議員数と役職数が比例しておらず、 このような議会の状況を区民が陳情として提出し、改善を求めました。 昔の議会はこのようなことは粛々と進めていたので、問題もなく進んでいたのです。公平な議会運営を求める区民の陳情は採択と考え私は賛成しましたが、不採択という結果でした。

3.自衛隊との連携強化を求める陳情・・・・反対しました

陳情は、「大規模災害に備え、大田区各部局がそれぞれの担務において自衛隊との関係を強化するために、定期的に会合を持ち情報交換をする」ことや、「自衛官の募集への更なる協力」などを求める内容。

災害派遣については自衛隊法83条で「天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、防衛大臣又はその指定するものに要請することができる。」とし、2項で「防衛大臣は、事態やむを得ないと認める場合、部隊等を救援のために派遣することができる。」と規定しています。これに基づいてこれまでの様々な大震災で救援に尽力し、多くの方々が救助され良かったと思います。

しかし、陳情において区役所各部局と定期的な会合を持つということを議会が決めることに私は反対です。
地方自治法第2条には、自治体の事務として、「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること。」と定められており、職員はこの精神に基づいて仕事を進めるのであり、目的を異にする自衛隊と自治体が災害を前提に定期的な会合を持つ必要はないと考え反対しました。

今から10年前に大田区国民保護協議会条例が上程され、反対したことを思い出しました。この条例に基づき協議会へ自衛隊の方も参加しており、これ以上拡大すべきではないと考えます。議会の結果は採択でした。

| 未分類 |

舛添都知事辞職願いを提出!

2016.06.15

15日、舛添都知事がようやく辞職願いを提出した。

首都東京の代表が、2012年10月辞職した石原都知事から三代続けての辞任と前代未聞。東京都の予算は一般会計約7兆円、特別会計と公営企業会計で6.6兆円と約13兆6000億円と莫大で、更に16万人の職員とその権限は計り知れない。都民のための都政運営を担う人をしっかりと見極めなければ!

今度こそ都民の声に真摯にこたえる、信頼に足る代表を選ぼう!

 

| 未分類 |

子育てわいわいフェスタにたくさんの親子連れ

2016.06.15

12日、エセナおおた、そしてキッズなで子育てわいわいフェスタが開催され、たくさんの親子連れでにぎわった。

地域の参加者が、こんなにもたくさんの若いママやパパと子どもたちが区内にいるんですね!と、感嘆の声をあげていたのが印象的だった。

昨年一年の新生児は6000名!子育てしやすい大田区でありたい。

高校生のボランティアも楽しそうだった。学生時代から地域との繋がりが持てることが、次の世代への確かなバトン。

子育て世帯の声をじかに聞き、政策につなげていきたい。

 

| 未分類 |

青い空と緑の芝生で

2016.06.11

今日は多摩川小学校の運動会!

多摩川からふく風が心地よく、暑さを幾分和らげてくれました。

一時は児童数が心配された多摩川小学校ですが、校庭も狭く感じるほど児童数が増えています。小学生時代はよく遊び、運動して元気いっぱいに育ってほしいものです。

保護者はもちろん、地域の方々も大声援を送った運動会!そして、紅白の応援合戦も力いっぱいでした。

高学年が様々な係りを分担し、子どもたちの成長が見えます。

教育は学習は勿論のこと、行事を通して集団の力を高めていく総合学習の場です。運動会を経て、またひとまわり成長していく子どもたちです。

今年は矢口中学校、朝鮮第六初級学校の運動会にも、楽しく参加させていただきました。

 

| 未分類 |

沖縄県議会選挙の民意!基地に反対の声!

2016.06.09

沖縄県議会選挙は、翁長知事の与党が過半数を獲得し勝利した。

沖縄の民意は、基地に反対の声です。日本の基地の74%が沖縄に集中し、米軍による悲惨な事件がやむことがない。

私はこの度の選挙で一人の県会議員を思い出す。

1995年、米軍による少女乱暴事件に抗議するために開催された超党派の10.21県民大会の事務局長を務め、更に2014年の普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する島ぐるみ会議でも事務局長を務めた玉城義和議員。

玉城議員は体調を壊し、この度の選挙出馬を見送った。そして、選挙結果を見ることなく6月3日に亡くなられたのです。

与野党をまとめ、県民と心を一つに沖縄の平和を願い続けた人生だった。

玉城議員の志をしっかりと受けとめて歩むと県民ネットの同僚議員が語ったという。

私もしっかりと歩んで行きたい。

| 未分類 |

今年もミサトセッカが咲き始めました

2016.06.03

今年もミサトセッカが咲き始めました。

ミサトセッカは、秋田県美郷町で新たに誕生したラベンダーです。紫のラベンダーの中に白色の花弁をみつけ、培養したそうです。

大田区にも秋田県にも六郷町があり、その地域の方々の交流が、自治体同士の交流として、現在に至ってます。

矢口せせらぎ公園には、ミサトセッカはもちろんのこと、今の季節は紫陽花も咲き、四季折々の顔を見せてくれます。

子どもたちや地域の皆さんが安心して憩える公園でありたいものです。

| 未分類 |

東日本大震災から4年

2015.03.13

震災から4年が過ぎました。
今なお22万9000人の方が避難生活を送っています。

放射能汚染が続き帰還できない福島の人々の悲しみ。
福島出身の友人は、怒りと悲しみでいっぱいの日々を生き、時間を作っては故郷へ戻っています。
「子ども達を守りたい」と寄り添いながら。

仕事をやめて岩手へ戻った友人は、必死に働きながら親を支えています。
「復興は進んでいないよ」
「オリンピックの準備で被災地は二の次だ」と悔しそうに話していました。

使用済み核燃料の処分場もなく
溶け落ちた核燃料の取り出しもできず
それでも 再稼働に踏み切るという政府。
原発の再稼働は絶対に認められない.

736

| 未分類 |

戦後70年の新春を迎えて

2015.01.29

新しい年を迎え、皆様いかがお過ごしでしょうか。旧年中はあたたかいご支援をいただき、誠にありがとうございました。

今年は戦後70年の節目の年です。敗戦後、多くの先人が平和を守り続けてきましたが、平和がずっと続くように生きていきたいものです。

昨年は、集団的自衛権の行使容認、年末には特定秘密保護法施行と、日本の将来が懸念される事態が続きました。二度と戦争を繰り返さないため、戦後という言葉がいつまでも続くよう、地域から平和の声を届けていきましょう。

さて、4月から第6期介護保険事業が始まります。介護報酬改定率マイナス227%と9年ぶりのマイナス改定が示されました。介護現場からは「ヘルパーなど人材確保が困難だ。」と声が上がっています。高齢化率21.5%の大田区では、ひとり暮らし高齢者や高齢者のみの世帯が増加しており、公的介護を支える土台をしっかりと作らなければなりません。

また大田区では保育所待機児が全国で2番目に多かったため、2014年度中に33園の保育所等の新設、996名の定員拡大に取り組んできました。それでも待機児ゼロに至りません。子育て世帯の置かれているこのような厳しい状況など、区民を取り巻く様々な課題があります。国は、羽田空港跡地を国家戦略特区の区域指定し、更に新空港線(蒲蒲線)の延伸など議論がなされています。本来自治体は、何を最優先すべきか。子どもから高齢者、障害者の日常生活の課題が最優先であり、区民や地域の声を反映していきたいものです。

これまで多くの皆様に支えられ416年、議員活動を続けてくることができました。小学校教員として教育に携わった経験から、自治体の政策がどれほど子ども達の生活を左右するか痛感してきた歳月でした。「教育は国家100年の大計」と言われるように、長期的な視点で子どもの未来を支えていきます。子ども達がやがて社会を支える一員として羽ばたくように、今年大田区では、6117名の若者が成人式を迎えました。若者が希望を胸に生きていける地域をめざします。

本年もよろしくお願いいたします。

 

戦後70年の新春を迎えて

戦後70年の新春を迎えて

| 未分類 |

震災から3年

2014.03.12

東日本大震災から3年が過ぎました。
今日、震災発生時刻午後2時46分に合わせ議会を中断して黙とうを捧げました。

今なお27万人が避難生活を余儀なくされています。地域に残り生活をしている方々も必死に生きています。
震災後、故郷の岩手へ戻って行った友人も懸命に働いて家族を支えています。
しかし復興が進まず、困り果てていました。
首都東京はオリンピック開催に向け、公共施設や道路などインフラの整備に入っています。
私の故郷・青森の知人によれば、建設会社の従業員が東京で首都高の仕事に来てほしいと呼ばれたというのです。

道路も何もかも破壊された東北で復興の仕事が必要なのに、青森から被災地ではなく東京に呼ばれて仕事に行くというこの現実。

震災から3年。
「被災地は置き去りにされている」と語った岩手の友人の声が耳から離れない。

更に、終息していない福島原発。
次々と隠されたいた事実が明るみに出されている。

「死んだら終わりですか」と息子を津波で奪われた母
わが子の人生を刻み
ともに生きてきた時間を自分だけではなく
たくさんの人が共有してくれた
生きていてよかったと、
あなたの人生が私だけのものではない、と教えてくれたと
今も語り継いで生きている。

雪割草

 

 

 

 

 

 

| 未分類 |